2018年2月26日月曜日

鶯ではなくて・・・

梅に鶯?遠目に見るとそんな感じもしますが、違います。残念。
ビンズイ。これはセキレイの仲間です。梅に鶯、なかなかその瞬間に巡り会いにくいのです。 ウグイスの習性から見て。
どちらかと言うとビンズイはこの姿の方が一般的。
少し残る緑が映えます。4羽数えられました。
これは?乾燥パスタか?

2018年2月25日日曜日

ありきたりな

決して珍しいとりさんではありません。スズメと同じくらいの大きさ。色合いも地味。声が綺麗なわけでもない。ましてやカワセミみたいに池に飛び込むダイナミックさなど微塵も無い。
でも、まさに時は光の春。水たまりがレフ板のかわりになってくれました。
こういうライティングに恵まれることはあまりありませんね。
別にとりさん、珍鳥を追いかけるだけが趣味ではないでしょう。ありきたりのとりさんでもいいのです!

オスは夏の面持ちになりつつあります。顔が黒くなってきています。

2018年2月18日日曜日

御山の大将

ほころび始めた梅林。その木の下にできていたお山の上でルリビタキのオスがお山の大将を気取っていました。なんのお山か。これは堆肥のお山です。梅林を管理する地方公共団体が、管理する公園などで出る剪定枝や地元の酪農家から分けてもらう牛肥などを使って作るそうです。
何かうれしそうなとりさん。それもそのはずです。
ちょっと後を向いていますが、このお山の中には生パスタがいっぱい。おなかいっぱい食べられるのです。
その横では職員の方が別の木の下にもお山を作っていました。

まったく頭が下がります。

里山空間を目指している場所などの公共の場所で、その場所にいこう利用者は、公共サービスに頼り過ぎているのではないかと思うこともあります。中には、このようなサービスをする側の処置に不平不満を漏らし、それでいて何らかの(たとえ少しでも構わない)協力、協調を一切しない。何か出来るはずなのにしない。そのような人もだいぶいるようで気になります。

これから公共団体の財政もさらに苦しくなるでしょう。そのような中で、このようなサービスレベルを維持するのが困難になってくる可能性が充分にあります。その危機を救う手段の一つとして住民の積極的な参加は有効なはずです。それをせずにただ不平不満をまくしたてるだけというのはいかがなものかと思います。

一方で、公共サービスの側も利用者に対して、もう少し丁寧な説明や、市民が申し出る支援に信頼する姿勢があっても良いかもしれません。たとえば、なぜこの樹木は伐採する必要があるのか、どのようなことをしてもらえると助かるのかなど。

お山の大将を見ながら、この作業をされていた方々のお話を伺って感じたことです。私はこのような場所を管理されている方々を信頼し、理解し、敬意を払い、そして出来る事は協力させて頂く姿勢を持ちたいと思います。

2018年2月12日月曜日

額縁構図

足許から飛び立ったトラツグミが梅の枝に収まりました。梅の樹が額縁のようになりました。
紅梅が、もう少しでほころびだしそうです。


次の瞬間別の場所に。あれれよく見ると蝉の抜け殻が見えます。
はい、正面顔。

2018年2月11日日曜日

正面顔

いつ見ても、この正面顔は伊藤若冲の描く象に見えてしまうのです。クイナ。冬鳥です。ヤンバルクイナの親戚スジですが、クイナは飛べます。日本海を越える旅をします。ヤンバルクイナは飛べません。
クイナは実はツル目。鶴より遙かに小さな野鳥ですが、長くてしっかりした脚には鶴の面影があります。



うん、それにしても剽軽系かもしれない。この顔立ちは。でもすごく警戒心が強くて、一声でもオオタカの声などしたものならすぐに茂みに隠れてしまいます。一目散に走って。

2018年2月10日土曜日

金色に輝く

トラツグミ。臆病な野鳥という印象を私は持っているのだけど、この個体はかなり大胆。でもずっと日陰で食事中。日光の調子が良い。できれば日向に出てきてくれないかと思っていたらかなえてくれた。


 冬の日に当たると金色に輝いて見えた。


トラツグミはおもしろい行動をする。体を上下に揺すって餌のミミズや虫を探す。震動で驚いて出てくるのだろうか。トラツグミダンス。

2018年2月9日金曜日

珍しいお客様

珍しいお客様です。ミヤマホオジロ。メスです。オスとはちがう優しさを感じます。


冬枯れの雑草の種子がごちそう。

おまけで過去に撮影したミヤマホオジロのオス。

2018年2月5日月曜日

ひとの暮らしと、とりさんと

 昨日は全部で1091ショット撮影した。そのほとんどはタゲリ。このようなショットもこのとりさんの姿を楽しむには欠かせないけど、どうにも別のショットの方が気になった。
人の営みと共にあるショット。田起こしをする巨大な農機具(トラクター)の手前に居るタゲリ。
さらにプラスチックのケースに向こうに居る姿。

 タゲリは太古の昔から営々と続く人の営みの傍らに居た。その場所の生態系に適応した。それが今に続いている。だから、タゲリにとって人の存在そのものが自らの存在に必須のもの。田起こしをする、堆肥を熟成させる。その中にいる小さな虫たちがこのとりさんのごちそうだ。

もし、人が、経済性という尺度のみで残留性の高い農薬をふんだんに使ったらどうなるか。おそらく、タゲリを育む虫たちが見られなくなってしまうだろう。

人の営みの傍らに、今年もタゲリが居る。それは自然界と人間の信頼関係のバランスの中にある。これ、信頼関係が崩れるといずれは人間界にも不利益が起きるかもしれない。その段階で、実は経済的な合理性が低いことに気づいても手遅れかもしれない。

2018年2月4日日曜日

貴婦人

初めて見るタゲリ。確かに聞きしに勝るエレガントな野鳥だ。光の向きにより色調が変わる翼の美しさは筆舌に尽くしがたい。
積み上げられていた堆肥がお好みのようす。丹念な農作業と相性がよさそう。